体を動かして働くことが、何よりも楽しい
そう言って作業着の袖を軽く引っ張りながら、峯 秋華さんは少し照れくさそうに笑った。
田植えを終えたばかりの青々とした稲が春風にたなびく、美しい田園風景が広がる茨城県古河市。田んぼから一本路地を入ると、昔ながらの瓦屋根が印象的な古民家の庭先に様々な種類の瓦が積み上げられている光景が目に飛び込んできた。
地元を始め関東一円で屋根工事や屋根リフォーム、外壁塗装を手がける『屋根の新栄』だ。
峯さんが職人としてこの会社に勤め始めて、もう1年半が経った。
「色々なアルバイトをして、前職は飲食店で働いていました。そこにある日、作業服を来たお客さんが来店した。お話をしていたら、『お前には、現場の仕事は無理だな』と笑われたんです。それが、妙に腹がたったというか(笑)。『無理じゃない。だったらやってやろう!』という気持ちになったんですよね。それで、現場で働ける仕事を探し始めました。この会社を選んだのは、家から近い範囲で女性の職人を募集しているところがここしか無かったから。やはり女性の現場作業員の求人は、少ないんですよ。」当時は、大野社長が一人で切り盛りしている会社だった。そこに峯さんは、記念すべき『社員第一号』として入社。
「そういえば、どうして私を採用してくれたのか、改めて聞いたことは無いですね。でも社長はよく、『男よりも、女の方が根性あるから!』と言っています。」

女性同僚が増え、さらに仕事が充実
体を動かして働くのが好きな峯さんだが、夜の飲食店の仕事から昼の仕事への移行は生活リズムが整わず、最初のうちは体にこたえた。しかも慣れない現場作業で、毎日が筋肉痛。
最初のうちは補助的な仕事をして、徐々に作業をしていくのかと思っていたら、いきなり屋根に上っての作業からスタートしたそうだ。
「『無理です!』って社長に言っても、『いや、上れ!』って。もう、ビクビクですよ。最初からこんなに厳しいんだ、と驚きました。」もちろん慣れない仕事に戸惑い、ミスも多かったという。
「最初のうちは社長も優しかったんだけれど、徐々に厳しくなって。『こんなことも出来ないのか!』と怒られて、悔し泣きをする日々でした。それでも、仕事を辞めたいと思ったことはなかったですね。『だったらやってやる! いつか、社長を超えてやる!』って思ってました。」仕事をはじめて半年経った頃、新たな女性社員が2人加わった。
「同僚ができて、嬉しかったですね。悩みが分かり合えるし、愚痴も言い合える。彼女たちがいてくれるから、仕事がますます楽しくなります。」
女性だからって、出来ないことはない!
屋根の葺き替えは、建物の規模にもよるが大体4~6日かかる。個人宅での作業の場合は、依頼主の家族ともよく話をするそうだ。
「お年寄りからは、孫のように可愛がっていただいています。『女の子なのにすごいねえ~』って言ってくれるんですよ。休憩時間に、お茶菓子をたくさん出してもらったり。あるとき、北関東地方の郷土料理 “しもつかれ”をいただいたのですが、お通じが良くなりすぎて、屋根の上で大変なことになっていました(笑)。 屋根が完成したときの達成感と、依頼主の笑顔が何よりのやり甲斐です。」しかし現場によっては、『女性だから』と差別的な扱いを受けることも少なくない。
「大きな現場だと、色々な業者が入っています。私たち以外に女性は、ほとんどいないですね。仕事をする前から『女に何ができるんだ』と面と向かって言われることも、しょっちゅうです。当然、『私たちの仕事を見てから言えよ!』って言い返したくなりますよ。でも、そこでキレちゃうと社長の顔を潰すことになるので、じっとガマン。終わった後に、社長に盛大に愚痴ってストレスを解消するんです。」もちろん、彼女たちの仕事ぶりを認めてくれる人たちもいる。
「『そこいらの男どもよりも、使えるね』って言われたときは、『やった!』って、もう本当に嬉しい!」そして、なにより大野社長が、彼女たちの力量をしっかりと認めているのだ。

負けず嫌いだから、頑張れる
屋根の工事で何よりキツいのは、夏の暑さ。昨年は2~3回、熱中症になったそうだ。
「屋根の上は太陽に近いし、瓦からの照り返しがスゴい。地下足袋を履いていても足の裏は火傷して皮が剥けます。長袖の作業着を着ていても、しっかり日焼けするし、大変ですよ。熱中症対策に、毎朝梅干しを食べて、仕事中に塩を舐めたりしています。でも、少々具合が悪いからと言って、仕事を休むようなことはありません。」女性だから日焼けが気になるのでは? との質問に、峯さんは笑って否定した。
「いや、もうイチイチしていられないですね。現場で働いていると、顔中真っ黒になる。顔を洗いたいから、メイクもなしのスッピンです。現場では女性だからと特別扱いされることもないし、男同然ですよ。」では、峯さんが考える『職人に向いている女性』とは、どのようなタイプだろうか。
「負けず嫌いな人、ですかね。自分のプライドを何度へし折られても、そこから頑張れる人。私も、何度もズタボロになりましたよ(笑)。この仕事をしていると、精神的に強く、図太くなれます。」ところで、峯さんが職人の道を歩むキッカケを作った男性は、現在の彼女の働きぶりを知らないそうだ。
「その一言がキッカケで今の仕事をしていると知ったら、ビックリするかな。『私だって、ちゃんと作業着を来て現場で働けているよ!』って伝えたいですね。」
夢は、女性職人を束ねる女社長!
現在独身の峯さんの夢は、結婚してマイホームを購入して、その外壁塗装や屋根工事を、すべて自らで行うことだ。
「でも妊娠したら現場に出られなくなるから、それが今の悩みです(笑)。結婚しても、子どもを産んでも、年をとっても、ずっと現場に立ちたいです。」そして、いずれは『女社長』になりたいという目標も持っている。
「やっぱり、目指すところはそこでしょう。女性の職人を集めて、会社を作って、みんなで一緒に現場で働くことができる会社を作るのが、理想です。」これからどんどん女性の職人が増えて欲しい。そうすれば、現場で働く女性に対する見方も、徐々に変わっていくだろう、と峯さんは語る。
「女だからできない、じゃなくて、男に負けないように、女としてプライドをもって頑張れる。そんな人が、たくさん来て欲しいですね!」峯さんのように、現場で汗を流して働くキラキラした女性が、これからますます増えていくことだろう。

峯 秋華(みね しゅうか)
屋根の新栄 職人歴1年6ヶ月